当院での20年余の分娩の総まとめ
表1は、当院での20年余の分娩の総まとめです。
ここで言う分娩とは、妊娠22週0日以降の分娩(死産を含む)を指します。
年号 | 2004年~2024年3月まで | % |
---|---|---|
分娩数 | 7748 | 100% |
初産 | 3563 | 全体の46.0% |
帝王切開 | 217 | 初産の6.1% |
骨盤位 | 121 | |
遷延分娩/CPD | 81 | |
胎児ジストレス | 10 | |
和痛分娩 | 197 | 初産の5.5% |
骨盤位経膣分娩 | 6 | |
経産 | 4185 | 全体の54.0% |
帝王切開 | 184 | 経産の4.4% |
前回帝切 | 138 | |
骨盤位 | 38 | |
和痛分娩 | 237 | 経産の5.7% |
骨盤位経膣分娩 | 18 | |
VBAC成功 | 82 | 成功率93.2% |
VBAC失敗 | 6 | |
CPD: cephalopelvic disproportion, 児頭骨盤不適合 VBAC: vaginal birth after cesarean 帝王切開後の経膣分娩 初産頭位の2.8%が帝王切開 初産頭位35人に一人が帝王切開 帝王切開既往でなければ経産婦は帝王切開0.9% |
総分娩数は7748人でした。初産3563人、経産4185人、帝王切開401人(初産217人、経産184人)でした。
当院での帝王切開率は、表1で示した様に、初産では217/3563=6.1%、経産では184/4185=4.4%, 全体では401/7748=5.2%で、日本における帝王切開率は、2020年の報告では22.4%とのことでした。
帝王切開率が低いと言うと、必ずそれは帝王切開になりそうな妊婦を他院に搬送紹介しているからだとの反論を受けるので、当院で一旦分娩予約をして当院で定期妊婦健診を受けていたが、途中で他院に紹介した妊婦を調べてみました。
該当した妊婦さんは合計457人(初産264人、経産193人)でした。紹介・搬送先は、静岡市立静岡病院106人、静岡赤十字病院86人、静岡県立総合病院80人、静岡済生会総合病院79人、静岡県立こども病院75人、静岡厚生病院20人(現在分娩取扱い中止)です。そのうち帝王切開になったのは初産131人、経産60人(搬送・紹介した病院から返事がなくて判らない方がおられ、各病院に問い合わせの手紙を送りましたが、1病院からは返答無し)でした。
母体搬送・紹介で分娩結果が判明した方と、当院での初産経産の方を合わせると、初産3812人中帝王切開348人9.1%、経産4368人中帝王切開244人5.6%でした。(分娩結果の報告が無くて帝王切開したのか判らない方がいますので、帝王切開率は、もう少し高いかも知れません。)初産経産合計では(348+244)/(3812+4368)=7.2%でした。
紹介、搬送で多い理由
紹介、搬送で多い理由は
転院理由 | 初産264人 | 経産193人 |
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切迫早産・切迫流産 | 63 | 64 |
前期破水 | 41 | 13 |
胎盤位置異常 | 25 | 26 |
妊娠高血圧症候群 | 55 | 15 |
胎児発育不全 | 21 | 18 |
切迫早産(早産しそうと言う意味です、当院では36週0日以降の分娩を取り扱っており、それよりも早く産まれそうな方は他院紹介)、前期破水(35週台までに破水した場合当院から他院に搬送します。前期破水した妊婦さんにはいずれ陣痛が発来して分娩になります)
胎児発育異常(胎児が小さい、推定体重が週数より随分少なく、分娩時の体重が2300g以下になると推定される場合)
妊娠高血圧症候群、妊娠高血圧腎症 昔の妊娠中毒症です。中毒ではないので名称が変更されましたが、妊婦さんに対する説明ではまだ良く使用されている名称です。母体血圧が140/90以上なら軽症、160/110以上なら重症です、尿蛋白も3+以上なら重症、併し重症例全員を他院紹介搬送した訳ではありません。
胎盤の位置の異常 胎盤が子宮の出口を全部又は一部を覆っていて、帝王切開での出産でないと危険な状態=前置胎盤、胎盤が子宮の出口に近い位置に有る=低置胎盤です。低置胎盤だと経膣分娩が可能な場合があります。子宮の出口を胎盤が覆っていると軽度の子宮収縮でも大出血を呈することがあるので、早めに総合病院への転院を勧めます。
和痛分娩について
当院では、開院の時から院長自らが硬膜外麻酔を使用して和痛分娩を行なって来ました。
開業する前の職場である静岡市立静岡病院でも、他の医師や病棟スタッフの協力を得て、非常に痛くて長引いている陣痛のある妊婦さんの痛みを緩和すべく、和痛分娩を実施していました。
当初(平成8−10年頃=1996-1998年頃)は、和痛分娩は余り知られてなく、実施している施設も殆どありませんでしたが、昨今は広く知られるようになり、実施施設も多くなりつつあります。併し、残念乍ら静岡市内の総合病院ではまだ和痛・無痛分娩は殆ど実施されていません。
小生は、和痛分娩を全妊婦に、とは考えておりません。陣痛の痛みに耐えて赤ちゃんを産む姿に感動を覚えますが、陣痛が激痛で何時間も経過するもなかなか分娩の進行が悪い方には、和痛・無痛は福音であると思われます。
和痛・無痛分娩ができない所では陣痛の痛みが長引いて妊婦の疲労も増加し、「まだまだ時間が掛かりそうだし、妊婦の疲労も限界に近いし、帝王切開にしましょう」と妊婦さんやその家族に提案すればまず帝王切開の承諾が得られます。
併し、こういった場合こそ無痛・和痛の出番です。無痛・和痛にすれば痛みが減弱し、疲労も回復し場合によっては睡眠も取れ、リフレッシュして分娩に対して頑張れる様になり、帝王切開を避ける事が出来ます。
そもそもそれが小生が和痛・無痛を実施し始めた理由です。
帝王切開について
VBAC Vaginal birth after cesarean (帝王切開後の経膣分娩)
TOLAC Trial of labor after cesarean (帝王切開後の経膣分娩トライアル)
一度帝王切開をすると、次回の分娩時に、帝王切開した部位の子宮筋層が破裂する危険(子宮破裂)があるので、次回も次々回も帝王切開を反復する事が多いのです。故に初回初産婦の帝王切開は、ちゃんと考慮した上でなされるべきです。
当院では、他院で帝王切開して、今回は帝王切開を避けたい経膣分娩を希望された方を受け入れて来ました。本来なら初回帝王切開をした病院に相談すべきですが、その病院では一度帝王切開をすると次回は100%帝王切開なので、当院を受診されるわけです(TOLACをしない)。
残念乍ら静岡市内の総合病院では、一度帝王切開したら、殆ど無条件で次回も帝王切開です。これは静岡市内に限った事ではなく、日本中でも世界中でも大体反復帝王切開です。帝王切開は何回まで可能ですか?と言う質問を良く受けます。回数制限は特に決められておりません。当院では、今回の帝王切開で子宮の傷が特に問題なければ次回も妊娠可と申しており、次回妊娠がダメといったことはありません。実際当院で4回目の帝王切開をしたことがありますし、海外では帝王切開9回という事例もあります。
帝王切開は、母体や胎児の生命を救う事もあれば、不必要な帝王切開は母児の将来にとって良くない事が最近明らかにされてきました。
帝王切開は将来の妊娠に対して不妊、子宮破裂、胎盤位置異常(前置胎盤)、癒着胎盤を起こす。特に前置癒着胎盤は、子宮全摘、大量出血などで余程の準備をしないと母体の生命が危険に晒されます。
帝王切開は子供の将来のアレルギー、肥満、糖尿病などを引き起こす頻度が高くなる。近年の研究では子供の心理的発達にも悪影響を及ぼす可能性が示唆されています。
当院は、必要な帝王切開を否定するものでは決してありませんが、帝王切開率が病院間で余りにも差がありすぎる(医師間でも帝王切開率に差があります)のを考えると、妊婦さんが、帝王切開率の高い医師病院を予め避けるようにすれば、そういった帝王切開率の高い病院医院や医師はいずれ排除淘汰されると考えます。
併し、病院のホームページを見ても帝王切開率、帝王切開適応(理由)を開示している所はまだまだ少なく、一般の方が病院医院の帝王切開率を考慮にいれて自分の分娩場所を決める様になるのは現時点では困難と言えるでしょう。
開業医のホームページに至っては分娩データではなく、食事で患者を誘導しているように見える所もあります。確かに食事も大事でしょうが、医療施設はレストランではありません、真面目に自分の分娩を考えて分娩施設を選択して頂きたいと存じます。
当院に相談して頂ければ、どこの病院医院が良いか相談に乗る事は出来ますが、帝王切開するか否かはあくまで分娩を担当している医師と患者さんが、其の必要性と長所短所を納得して決める事ですので、分娩担当ではない部外者(第三者)である当院が出来る事には限界があります。
2024年5月3日現在、静岡市内でちゃんと最近の分娩数帝王切開率がホームページで確認できたところは、依藤産婦人科医院(2022年データ開示)と静岡市立静岡病院(2022年データ開示)だけです。静岡県立こども病院は平成28年の分娩データ(何と8年前)、静岡赤十字病院は令和元年の分娩データが表示してありました。他の病院医院は分娩データの開示無しでした。
米国や他の多くの国ででは帝王切開率が30%を超え、社会問題になっています。(図1)
図1 国別の帝王切開率
当院では、経産婦で帝王切開既往の無い方の帝王切開率は1%以下(表1で0.9%)でした。これが、第1子の経膣分娩にこだわる理由です。第1子が経膣分娩出来たら、たとえ第1子が難産でも、第2子第3子はほぼ経膣分娩可能です。それに大抵は分娩所用時間も第1子に比して非常に短くなります。当院での例を下に図示します。図2、図3は当院で後期母親教室で提示していたものです。
参考文献
1.今井公俊、第1子分娩が難産だったら次の分娩も難産か? 周産期医学 2012;42(12):1689-1692
2.Imai K. Repetition of prolonged labor and vacuum extraction: a retrospective observational study at a single private clinic. Austin J Obstet Gynecol, 2018; 5(8):1128
図2
図3
図3の如く、第1子分娩が長引いた難産であっても、次回は大丈夫と言えるでしょう。